これまでの私たちは、
お互いの「考え方の違い」が原因となり、
「夫婦間の衝突」が日常的な光景となっていました。
そして、妻と子供は、何も持たずに家を出て行きました。
妻のことについて、一言も二言も言いたくなる心境はあるのですが・・・
今は、自分のことを冷静に、しっかりと見直して、
そして、明るい光が見えるようになるまで封印しておきます(宣言!)。
もしかしたら、
その時には妻に対する今の見方も変わっているかもしれませんしね。
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昨日は、子供たちが「夫婦間の争いの目撃者」となったとき、
身体的な虐待と同じ結果がもたらされるかもしれない、、
思っている以上に、重大な問題を引き起こすかもしれない、ということを知りました。
引き続き、
読んで理解した気にならず、自分の言葉で整理してみます。
同じ本の続きです。
今日は、家庭内の暴力・DVの原因とされる「共依存」という考え方についてです。
(自分なりに噛み砕いたので、合っているか少々不安・・・)
※上記の書籍を元に、記載しています。
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「共依存」の特徴について
正常な人間関係である「相互に対等で、親密な関係」に対する「共依存」の特徴です。
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「自分自身に対して不誠実である」・・・ 自己に対する評価が低いため、自分の気持ちに正直になれない。
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「自己責任を放棄している」・・・ 周囲からの自分の評価を過度に気にしすぎるため、自己決断ができない。
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「他人に対する支配の幻想を抱いている」・・・ 自分が世話をしている者は、そのことに感謝するのが当然であり、自分の言うことを聞くべきであるとの幻想を抱いている。
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「『自分の感情』と『他人の感情』の切り分けができない」・・・他人と自分の感情は、元来独立したものであるにも関わらず、区別して認識することが困難。たとえば、相手が不機嫌な顔をすると、自分に原因があると思い込み、不安になってしまうような状況。
人間関係における「共依存」について
「共依存」状態を求める者は、
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「自己評価」や「自尊心」が極めて低い。
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従って、周囲から必要とされること/承認されることを強く求める心理がある。
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自身に対する否定的な感情を直視せず、考える必要もない状況を作るために、人に頼られる(周囲から必要とされ、承認される)立ち位置を確立しようとする。
「共依存」状態が作られるまでの流れ
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「共依存」状態を求める者は、積極的に相手の世話を行うことで、自分が相手の情緒的な支えとなり、相手が自分なしではやって行けない、 という状況まで追い込もうとする。
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つまり、①自分が相手から頼られる状況をつくる⇒ ②相手が自分から離れられないようにする⇒ ③完全な相手の支配。のステップを踏む。
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「共依存」状態を求められた側は、元来は正常であったとしても、徐々に自立能力を削がれ、自己の確信が難しくなくなってしまう。そして、気付かないうちに、共依存関係に組み込まれる。
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家庭内では、妻に依存する夫(何もできない夫)を作り上げることにより、妻が家庭内をコントロールするための手段として使われる。
「共依存」から脱するために ~回復目標について
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回復目標は「互いに対等な親密性」を作り上げること。
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「互いに対等な親密性」の元では、不安感や、支配欲に束縛されない流動的な関係が築かれる。
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「自己肯定の感覚」により、物質や愛情に依存・沈溺しない(自己評価や自尊心の低さに対する穴埋めに執着しない)生活が可能となる。
- 但し、「流動的な関係」は、依存という執着がないため、関係性が壊れやすいという側面がある(互いに自立しているということ)。
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気付かないうちに周囲もそれに迎合していくかもしれない、、、
書いていると、人間関係が怖くなってしまいました。
自分は、無意識に、そして危機感に基いて「対等な親密性」に基づく関係を求めようとしていましたが(・・・これも、私の生い立ちから来る反動のように感じています。決して褒められるようなものではありません。「人に頼りたくても怖くてできない」という焦りに基づいています)、
もし、周囲が「共依存」状態を作ることを望んでいた場合、思い通りにいかなければ、無意識に「焦り」を感じ、不安定になっていくのかもしれません。そして、「不安定さ」が継続したときに行きつく先。。。。
また、日本の古典的な「家庭」においては、
「協力の精神」の下、「共依存」体質が多少なりとも存在するようにも感じていす。
このあたりのバランスなのでしょうか。
ただ、まだ十分理解もしていない私が判断を下すのは時期尚早なので、
引き続き整理していこうと思います。
* 記載間違い、思い違いも多いので、
* 一度作成した記録も、日々修正しています。
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ヤスクンパパ
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